英語は論理的か(その1) |
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2019年10月15日 皆様、KVC Tokyo 英語塾 塾長 藤野 健です。 lost in translation の項にて、科学論文などは兎も角も詩歌の翻訳は困難だ、と述べました。翻訳を通じて、言葉一つ一つの持つ固有の背景や詩の香りが抜け落ちてしまうと言う訳です。それでは仮に、同じ文章(一群の文の塊)を様々な言語間で何度も翻訳したらどうでしょうか? 「その文章を読んで人間共通に揺るぎなく思い浮かぶ概念」がコアとなって煮詰まって来るでしょう。人間の脳機能の理解のパターンで共通に認識できる骨組みですね。そこには文化的な背景に左右される感情要素の入り込む隙間は無く、考えの明確且つ簡潔な筋道からなる文章となる筈です。まぁ、数式とまでは行かないにしても科学論文化するとも言えるでしょう。勿論、仕上がった明快な文章の中身自体に対して賛否があって当然ですが、中身が明快に理解できるがゆえの反論を招来することになります。曖昧模糊として突っ込み様が無い文章は、反論が来ないから偉いのではなく、反論も出ないほど非道いと判断すべきでしょう。他人様から悪口言われて一丁前だ、です。 以下、本コラム執筆の参考サイト:正文https://ja.wikipedia.org/wiki/正文Wikipedia contributors. "正文." Wikipedia. Wikipedia, 11 May.2015. Web. 11 May. 2015.「国際条約を確定する正式な条約文である。いずれかの言語からなり、複数の言語により作成されることもある。」樺太・千島交換条約https://en.wikipedia.org/wiki/Treaty_of_Saint_Petersburg_(1875) |
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と、ここまで述べましたが、では学術論文の世界でも事実上の共通語化している英語は、果たして論理を記述するに完璧な言語体系なのでしょうか? 実は国際条約の締結文は現在でもフランス語での併記が為されます。昔にはフランス語のみを正文 (国際条約を確定する正式な条約文) とする条約もありました。単語と単語の結びつき、或いは、ある条件を示す付帯的な文言がどの単語を修飾するのか、その明確性が高い言語だからです。これは条約締結国同士が、互いに条文を勝手に都合良く解釈し得る様な曖昧性の余地を残さない為の措置です。逆を言えば、英語はそれが表現せんとする記述に関して明確性がフランス語に比して劣っている言語であることを意味します。勝手な解釈を許容しない為には、当該のフレーズがどこに掛かるのか、何を正確に意味するのかについて、脚注の様な文言を本文に続けて羅列するしか有りませんが、見栄えの良い事ではありません。簡潔にして明快、からは遠くなりますね。まぁ、脚注が数多く必要な言語ほど、明確な記述を簡潔に行えない、デキの悪い言語と言う訳です。 過去にも例えば、日露間の樺太・千島交換条約 1875年の正文はフランス語のみであり、現時点に於いても日本語訳は正式な法的根拠を持ちません。http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/1875F1.html(塾長はフランス語は理解出来ますが、上記正文の和訳は sensituve な内容ですので差し控えます。)以下の記述を見つけました:樺太・千島交換条約https://www.weblio.jp/wkpja/content/樺太・千島交換条約_樺太・千島交換条約の概要「日本語訳文におけるフランス語正文との齟齬樺太・千島交換条約の正文はフランス語である。ロシア語および日本語は正文ではなく、また条約において公式に翻訳されたもの(公文)でもないため、条約としての効力は有していない。日本語訳文には、第二款のクリル群島の部分に食い違いがある。 」とあります。 わざわざ明確性の高いフランス語で条約文を作成したにも関わらず、当事国が正文以外の言葉で自己解釈を進めると紛争の元になります。フランス語の条約文を作成するときに、日本側がどの語句がどこに懸かるのかの明確な確認を取る事に不慣れであり、日本側の意思を正しく伝えられなかった可能性もあります。自国に戻り、オレはあのときああ言った積もりで条約を結んだんだと主張しても国際条約上は意味を持ちません。 ロシア貴族階級はロシア語は使わずに(自国語は卑しい言葉と認識していた)フランス語を普段使用していましたので、フランス語で文章を作成するのに困難は無かったでしょう。これに対し、欧州の一地方言語のオランダ語をなんとか必死に読みこなしていた当時の日本人には、フランス語は未知と言って良い言語だったでしょう。徳川幕府ももっと早くから世界に目を向け開明の精神を持つべきでしたね。 英語圏の人間の、世界中に自国文化を行き渡らせたいとの欲求(祖先に北海の海賊、即ちバイキングの血が入っていますので、ひょっとしての話ですが、他を収奪し、それは自分のものだと言いたがる習性があるやもしれません)、並びにガチガチの厳格な格変化を持たない簡単な言語としての特性から、世界的に汎用されるに至り、加えるにラテン語起源の文化的に高度な意味内容の語彙をフランス語から大量に取り込んだことから、学術誌の言葉にも採用されているのでしょう。 塾長も自分で学術論文などを書いていていつも感じる事ですが、自分が主張したい或る意味概念を<この単語や文章内容に懸けたい>と考える際、最初に書いた文章を短いものに分解して並べ直し、<懸り>を明確にする面倒さを結構頻繁に味わいもします。 英語のその様な短文の羅列全体を一定数 (パラグラフとして) 読み取ると、ああ、こういうことが主張したいんだなと読み手は初めて理解するに至ります。頭から文章を読み進め、音楽の様に進んだ時間系列のまま、そこまでは完全に理解できている、英語はその様な言語ではありません。ぶっきらぼう風に短い文言を並べ、或る程度記述し終わった段階で「真意」を理解して貰う性格の言語である、その様に進化してきた言語だと考えれば、英作文や会話もラクになるかも、と思います。1つの文章に伝えたい意味を無理に押し込まず、細切れにして述べれば良い訳です。 |
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